オリンピック開会式、演出と嘘は違うだろう、中国
2008年8月18日(月)
北京オリンピックが始まり一週間が経つが、開会式での演出が話題になっている。
実は私は開会式の模様を録画はしたが見ていなかった。
話題になったので会場までの花火、少女の歌、56民族の行進のところを見たが、演出としてはまあまあだと感じた。
ただいろいろと疑問は残る。
花火をその上から撮影するのには危険が伴うのでCGとしたとされているが、開会式は映画ではない。
実現不可能な演出をわざわざCGを使ってまでもそれらしく見せる事に何の意味があるのだろうか。
会場にいた胡錦濤国家主席はその事を了解していたのだろうか?
他の一般観客はおそらく知らなかっただろう。花火が通過したところの住民はテレビを見ていてどう感じたのであろうか。少女の口パクも同様だ。
これらの演出は中国国内を欺いただけでなく、全世界を欺いたのだ。
極めつけは56民族の少年少女たちの行進だ。この狙いは『中国は多民族国家であるが一致団結してオリンピックを開催した』という事をアピールしたかったに違いない。
しかし、実際は多くが漢民族であったと報じられている。だがこれは演出の枠をはみ出した嘘だろう。
オリンピック組織委員会は党の意向に従ったなどと言っているが、そこまで虚構で塗り固める必要があったのだろうか?
主催者側はそれらの事をメディアから指摘されると免罪符のように『党の指示』を口にする。
これは開会式の演出の問題点を党の名の下に責任転嫁しているのではないか?
このような事を超世界的イベントで平然と行い、『党の指示』を理由にする中国はやはりオリンピックを開催するのには早すぎたのかもしれない。
オリンピックが終わればその後はパラリンピックが開かれる。今度はどうなるのであろうか?









