温暖化対策の費用対効果を真剣に考える
2009年2月2日(月)

ビョルン・ロンボルグ著、地球と一緒に頭も冷やせ
人類共通の世界最重要課題が地球温暖化であるとする人達から、もっとも忌み嫌われているであろう本書を読んだ。
最初に私の立場をはっきりとさせておくと、それは「地球は温暖化しているがそれは多くが自然変動であり、人類活動により増加した二酸化炭素の影響はごく一部であり、IPCCのシミュレーションには誤りがある」とする赤祖父俊一氏の説を全面的に支持し、そしてこの「地球と一緒に頭も冷やせ」で語られている事についても全面的に支持するということだ。
ですのでこのエントリーに対する、異常にヒステリックなTBやコメントは公開しませんのでご了承ください。
本書はIPCCの予測を元に、温暖化がもたらす海面上昇や、気候変動による自然災害に増加などに対する対策が、温室効果ガス削減のみでは莫大な費用がかかり、かけた費用の割には効果が非常に少ない事を様々なデータを元に指摘している。
また、京都議定書のような決議案を今後100年続けた場合、世界の気温と経済状態がどのようになるかというIPCCのシナリオも紹介しており、いまや既定事実と見なされるようになってしまった地球温暖化問題に対し、冷静に対応する事を呼びかけている。
赤祖父氏の正しく知る地球温暖化―誤った地球温暖化論に惑わされないためにと違い、IPCCの予測の上に立った上で異論を展開しているところが新鮮だ。
あまり知られていない京都議定書がもたらす気温の変化を一部紹介すると、京都議定書の削減目標(温室効果ガスを2012年に1990年基準で先進国は約5%削減)をそのまま2100年まで継続した場合、2.42度の上昇を予測しているが、もし何もしなかった場合はこれが2.6度と予想している。(この予想はIPCCのコンピュータモデルを作った人によるらしい)
つまり、京都議定書を守る事で2100年には何もしなかった場合と比べ-0.18度しか気温を下げられない。
この予想の気温グラフを見ると、何もしなかった場合、今の気温から2.42度上昇するのは2095年であり、京都議定書を守っても2100年にはその気温に達する。つまり、京都議定書は100後に約5年ほど温暖化の程度を押さえる効果しか無いと言う事だ。(この気温のグラフは本書の42ページに掲載されている)
さらに、この地球温暖化という問題に目を向けさせることになった、アル・ゴア氏の不都合な真実で展開される様々な主張が、IPCCの予想さえ上回る非常に大げさな誇張に満ちている事を各種データーで批判しており、アル・ゴア氏が世界に与えた影響の大きさを考えると、非常に冷静に反論しており、今一度冷静になれと訴えている。
ちょっと読みにくい訳ではあるが、様々なデータを元に今の異常とも思える二酸化炭素削減対策を批判している。そして、温暖化による各種災害を防ぐための非常に費用対効果の高い方法も紹介しており、単なる批判で終わっていないところも良い。
この本は、何が何でも二酸化炭素削減にこだわる人達にこそ読んでもらい、今一度、かかる費用とその効果について考えてもらいたいと思う。








コメント(3)
サイト: http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008
私も昨今の有無を言わさぬ温暖化論議には胡散臭さを感じていますが、理由は60~70年代には今より随分と寒く、『氷河期が到来する』等の議論が学者の口から語られていた。
ところがそれ以降の30年は温暖で、今度は『温暖化で水没する』などの話になっている。
我々素人の一般市民は右往左往するばかりですよ。
しかも『今すぐ行動しないと間に合わない』との脅かしにも見える報道がなされている。
本当に、何も議論せず直ぐに行動すべきか。?考えてからだと間に合わないのか。?
もしも間違っていたら如何責任を取る心算なのか。?
何となく『今すぐカネを振り込まないと間に合わない』と脅かしてカネを騙し取るふりこめ詐欺の手口に似ている。
特に気になるのは、温暖化懐疑論に対する(対話をする気がない)極めて感情的な反発に対しては首を傾げざるを得ない。
何とも非理性的な『真理は一つ』とするカルト的な反発なのですよ。
科学とは、一つ問題に対して幾つもの仮説が同時に存在している方が普通で、科学的検証で正しさが証明されるのですが、人為的CO説は未だ検証されてはいません。
証明されていない仮説に過ぎないのに、一方的に定説として其の他の説を排除する態度は科学では有りません。
科学的に人為的CO2温暖仮説が正しいと証明したのならアル・ゴアやIPCCはノーベル平和賞では可笑しく、ノーベル物理学賞の受賞の方が相応しいのでしょう。
しかし今のままでは物理学賞受賞は不可能ですよ。
サイト: http://www.my-sapporo.com/
逝きし世の面影様、コメントありがとうございます。
過去100年の気温は全体としては上昇している事は間違いないですが、その原因は気候のような複雑系では簡単に答えは出ないと思います。
だからこそ賛否両論の議論があっても良いはずなのに、温暖化懐疑論に対するヒステリックな対応は悲しくなってしまいます。
そして、一番不可思議な事は日本のCO2削減に対する無策です。口では何かと京都議定書と言うのに肝心の成果が全くありません。
IPCCの予測を信ずるなら、もっと強烈にCO2削減を押し進めなければいけないのに(それほど危機的ならばいくらでもやり方はあるはず)この矛盾はどういう事なのででしょうか?
税金を使った全世界的詐欺のようにも見えます。
サイト: http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008
>賛否両論の議論があっても良いはず
全く同感です。
すべての事柄にも当てはまりますが、反対意見があってこそ因り討論は高まるし中身も充実する。
ところが温暖化論議だけは『懐疑論』に対しては、共に天を戴かない悪魔か国賊?扱いで感情的と言うよりも宗教的にも見える不思議。
この論争は、科学論争の枠を超えて、道徳とか哲学、世界観、宗教とかの範囲を含んでいるのでしょう。
人為的温暖化説は省エネや環境保護や大量消費を前提とする新自由主義批判も含んでいて、それらと密接にリンクしています。そしてそれらは道徳とか宗教とか世界観、哲学と関係している。
そして、省エネや環境保護や新自由主義批判は正しい。
しかし其れと繋がっている温暖化説は正しいかどうかは怪しいが、リンクしている諸々のものは正しいのでついでに正しいと断定されている。
たぶんこの辺が問題点でしょう。
温暖化が人由来のCO2起源なら『省エネ』以外に解決方法は無いが、それなら自動車や飛行機から鉄道や船に切り替えるべきです。
日本はこれに逆行してJR民営化からローカル線の整理に進み世界に誇る鉄道網はなおざりにされ、エネルギーを無駄遣いする自動車道路が建設され続けている。これではヤッパリインチキ臭いですね。